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東京地方裁判所 昭和63年(ワ)5957号 判決 1989年7月17日

原告 後藤吉央

右訴訟代理人弁護士 内藤義憲

被告 漆原宣和

右訴訟代理人弁護士 小屋敏一

同 立岡安正

同 石谷勉

右訴訟復代理人弁護士 大西裕

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告に対し、五〇〇〇万円及びこれに対する昭和六三年五月二六日から支払済みまで年五分の割合による金員の支払をせよ。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行の宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二当事者の主張

一  請求原因

1  (当事者)

(一) 原告は、東京都台東区上野二丁目六七番地所在の木造亜鉛メッキ鋼板葺二階建建物のうち西側部分一、二階とも各二六・四四平方メートルをレコード店として使用占有していた。

(二) 被告は、右建物の東側部分一、二階とも各四四・一九平方メートルを、時計、装飾品販売などの店舗として使用していた。

2  (火災の発生)

(一) 昭和五九年六月二〇日未明、被告の店舗から出火し、原、被告占有部分の建物全部がほぼ全焼し滅失した。

(二) 右出火の箇所は、被告店舗の一階南東側壁体と陳列棚の間を貫通する金属管内の配線の天井裏部分であり、右出火の原因は、右屋内電気配線の老朽化により配線の被覆が損傷し、露出した芯線が金属管に接触したため短絡し被覆に着火したことによるものである。

3  (被告の責任)

右漏電による失火は、土地工作物たる建物と一体となっていて、建物の一部といえる配線の不良に原因があり、民法七一七条の建物の設置又は保存に瑕疵があるときにあたるから、右建物の占有者である被告は、原告に対し、同条に基づき第一次的に損害賠償責任を負う。

4  (原告の損害)

原告は、本件火災により1記載の建物の賃借権(借家権)を失うに至った。

右借家権は、その敷地の更地価格の二〇パーセントが相当であり、本件店舗の敷地価格は少なくとも一平方メートルあたり一七二二万円であるので、敷地面積二六・四四平方メートルで四億五五三〇万円となり、借家権の価格はその二〇パーセントの九一〇六万円と算定される。

5  よって、原告は、被告に対し、土地工作物責任に基づき、前記損害のうち五〇〇〇万円及びこれに対する本件訴状送達の日の翌日である昭和六三年五月二六日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による金員の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1記載の事実は認める。

2  同2(一)記載の事実のうち、被告店舗から出火したことは否認し、その余は認め、同(二)の事実は否認する。

3  同3記載の事実は否認する。民家の屋内配線は、民法七一七条の予定した工作物の範囲には属さない。

なお、原告は、本件建物の所有者高木妙子と本件原告間の別訴(東京地方裁判所昭和六一年(ワ)第一一二四七号建物明渡請求事件、同損害賠償請求反訴事件)において、反訴に関して昭和六二年七月六日付けで被告に対し、訴訟告知を行った。右反訴事件については、昭和六三年六月二七日、本件原告敗訴の判決が言い渡され、これが確定した。右判決理由中において、本件配線が土地工作物には該当しないという判断がなされた。従って、原被告間には右判決の参加的効力が及ぶ。

4  同4記載の事実は否認する。

三  抗弁

被告は、本件損害の発生を防止するに必要な注意を為したものである。

即ち、被告店舗一階の配線については、昭和五二年秋の店舗改装の際に旧来のものを全て廃止して新設し、配電盤については昭和五八年八月に新しく取り替えたし、また、本件火災発生の一年前の昭和五八年六月八日には関東電気保安協会の漏電検査を受け、結果は全て「良」であったし、本件火災発生の二か月前の昭和五九年四月の消防署の立入り検査でも防火上の問題点は指摘されなかったから、一般通常人が、本件建物において配線の経年劣化による損耗や、屋内配線からの漏電を予見することは不可能であり、被告には何らの過失もないと言うべきである。また、出火についての占有者の土地工作物責任は失火の責任に関する法律との関係で、損害発生防止につき占有者による被告に重過失があった場合に限られるべきである。

四  抗弁に対する認否

否認する。

仮に被告が屋内配線をやりかえたことがあったとしても、本件火災の発生原因は旧来の配線の瑕疵によるものであり、被告が屋内配線の新規工事を業者に頼んだ際、業者が、従前使用していた古い配線を撤去していれば本件火災は起こらなかったから、右業者がそのまま放置していたことには過失がある。そして、右屋内配線工事は、被告の注文、指示により業者が行ったのであり、業者の行為は被告の履行補助者としての行為であるから、右業者の過失は被告の過失にあたり、被告が配線の改修工事をしたとしても自己の責任を否定することは出来ない。

第三証拠《省略》

理由

一  請求原因1の事実は当事者間に争いがない。

二  同2について判断する。

《証拠省略》によれば、火災が起きた本件建物は、一棟の建物であり、西側の一、二階部分を原告が占有してレコード店を経営し、東側の一、二階を被告が占有して村松時計宝飾店を営んでいたところ、昭和五九年六月二〇日午前一時ころ、被告の占有する村松時計宝飾店の一階南東側天井裏の壁面付近から出火し、全体的に焼毀したが、その原因は右出火場所付近の南東側内壁と陳列棚ケースとの間を貫通した金属管内の古い配線の中の一本が長年の間に劣化するとともに重力等によりたるみ、柱等の角に接触していたため自動車の走行による振動等により配線の被覆が破れ、中の芯線が露出し、その部分が金属管に接触したため短絡(ショート)し被覆に着火し燃え上がったものと推定できたことが認められ(る。)《証拠判断省略》

三  同3について判断する。

二記載の認定事実に《証拠省略》によれば、建物の外から家内に入った電灯線は村松宝飾店一階では北西部の内壁の上部に取り付けられた配電盤に導かれ、この配電盤から一階の天井裏に入り、天井裏の柱や根太に取り付けられた碍子によって天井内を張られ、一部は壁の中に入って末端の電灯部分に導かれており、本件で火災の原因となった配線は本件出火場所付近で天井裏から南東側壁と陳列棚との間を貫通して設置された金属管内に導かれ、陳列棚やショーケースの照明器具へと通じていたもので、これらの配線の多くの部分は外からは見えず、天井裏や壁の中の配線を取り替えるには建物を一部壊さなければならないことが認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。右認定事実によれば本件電灯配線はそれ自体、土地に接着して人工的に作られたものとはいえないものの、土地工作物である建物に接着して設置され、また、電灯配線があることによって建物の効用も全うされるものといわねばならないし、また、電灯配線は通常それ自体に危険性が顕在化しているとはいえないが、通電することにより潜在的な危険を内包しているものであり、建物と一体をなすものとして民法七一七条の土地工作物に該当するものといわねばならない。そして、前記二で認定したとおり、本件火災の原因は出火場所付近の配線が長い間に劣化するとともに重力等によりたるみ、柱等の角に接していたため種々の振動によって被覆が破れ、中の芯線が露出し、それが金属に接触して短絡し、被覆に着火したというのであるから、その保存に瑕疵があったものというべきである。

なお、この点について、被告は、高木妙子・原告間の別訴中の訴訟告知の効力によって、右事件の判決理由中において示された、本件配線が土地工作物に該当しないとの判断の拘束力が本件訴訟に及ぶと主張しているので、この点について判断する。

《証拠省略》によれば、原告と本件建物の所有者高木妙子との間に高木が原告となり、原告を被告として建物の滅失による原告占有部分の明渡等を求める訴(東京地方裁判所昭和六一年(ワ)第一一二四七号)が提起され、原告は反訴として高木の賃貸人としての債務不履行、土地工作物責任による損害賠償請求を起こしたところ、高木が本件電灯線が土地工作物にあたることを争うとともに、本件出火は専ら被告の本件電灯線の管理不注意にあると主張して争ったので、第七回の口頭弁論期日が終わった段階で原告から被告に対し、右反訴において占有者である被告が責任を負うから高木に責任がないとして原告が敗訴した場合、被告に対しその責任を追求すべき関係にあるとして訴訟告知がなされ、その後、高木と原告間の訴訟は昭和六三年六月二七日に判決が言い渡され、そのころ確定し、その判決において本訴は高木が勝訴し、反訴も高木には債務不履行の帰責性がなく、また、本件電灯線は土地工作物にあたらないとして高木が勝訴したことが認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

そこで、訴訟告知の効力について判断するに、訴訟告知によって、被告知者が民訴法七〇条の参加的効力を受けるのは、実際に訴訟参加し訴訟追行をした場合と異なり、実体関係に基づく協力が法的に期待される場合でその不利益にのみ作用すると解されるから、被告知者が補助参加をなし得る場合に限ると解すべきである。

原告が右反訴において被告に訴訟告知をしたのは、土地工作物の占有者である被告に注意義務違反があったから土地工作物の所有者たる高木は責任を負わないとされた場合にその判断につき被告に参加的効力を及ぼすためであって、本件電灯線が土地工作物にあたらないとされた場合にその判断につき被告に参加的効力を及ぼすためではない。右反訴において被告に注意義務違反がなかったとする点では原告と被告は訴訟追行を協同にする立場にあるが、本件電灯線が土地工作物にあたるとする点では、土地工作物とされれば予想される後訴で被告は注意義務を尽くしたことを立証しなければならず、土地工作物でないとされれば被告は失火に関する法律の適用により重過失がなければ責任を負わないから、本件電灯線が土地工作物であるとする点については原告と被告は訴訟追行を協同にする立場にはなく、補助参加の関係にはない。

そして前記反訴判決においては、被告の注意義務違反については判断がなく、本件電灯線が土地工作物にあたらないとの判断のみがなされているのであるから、この点について原被告間には訴訟告知の効果は生じないというべきである。

四  そこで、抗弁について判断する。

前記二、三で認定した事実に同所記載の関係各証拠によれば、本件被告占有部分は昭和二一年に建てられ、本件火災の原因となった配線もそのころ設置されたものであったこと、被告が本件建物部分を賃借して占有するに至ったのは昭和五二年終わりころであり、入るにあたっては一階内部の大改修をし、その時、電灯配線や照明器具を全部新しくすることを業者に依頼し、被告自身も全て新しくなったと信じていたことと、昭和五八年六月八日に関東電気保安協会の漏電検査を受け、結果はすべて「良」であったこと、昭和五八年八月に、配電盤の周囲一式を修理したこと、昭和五九年四月の消防署の立入り検査でも防火上の問題点は指摘されなかったこと、出火箇所とされた配線は、天井板をはずすか、壁に作りつけた陳列棚を撤去しなければ見えない場所にあること、他に漏電を示すような徴候はなかったことが認められ、右認定事実によれば、出火箇所とされた配線が、通電可能な状態のまま放置されており、それが経年劣化によって芯線が露出し、火災の原因となり得るというようなことを被告が予見することは困難であり、被告は、本件店舗を占有するにあたり、火災の発生を防止するに必要な具体的注意義務は尽くしていたというべく、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

五  以上によれば、その余の点について判断するまでもなく原告の本訴請求は理由がないから棄却し、訴訟費用の負担について民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 上野至 裁判官 姉川博之 古閑美津惠)

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